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斉藤典彦展 「こまやま―浮遊の景色」 – 数寄和

斉藤典彦展 「こまやま―浮遊の景色」

数寄和

2015/4/1(水)-4/19(日)

数寄和大津

2015/4/25(土)-5/6(水祝)

 

こまやま‐なつ

「こまやま―なつ」 1800×2700 mm

 

 

沁みる山水―臥遊山水図としての≪こまやま≫

野地耕一郎

 斉藤典彦さんのアトリエのある自宅は、湘南平塚の旧東海道沿いにある。だから、街道に一歩でれば、西の方角に「高麗山」の山容が見える。この山はかつて歌川広重の「東海道五十三次」中の一図「平塚宿」に表わされ、平塚のシンボルとも思われ続けてきたが、実は大磯に鎮座している。街道の先に見えるいくらか急峻な山の形が、西に向かう旅人の足を止めさせたために平塚の宿場は栄えたのだ。しかし、この山は遠目ほど険しくはない。登ってしまえば、その北側から西斜面になだらかな丘陵地帯が広がっている。
 ひとたびそこに登れば、春を告げる相模灘を渡ってきた潮風が遠近(おちこち)の木々を渡って芽吹きを促がす景色となる。やがて春雨が過ぎる頃、山並みは鬱蒼とした新緑の影を宿す。太古以来、あまり人の手の入らなかったこの山は原生林に近いから秋の紅葉はしみじみと美しい。因みに秋の深まった頃、大磯駅の前後の東海道線北側の車窓をのぞめば、この秀景に出合えるはずだ。やがて時雨のあと、枝葉の落ちた森にからからと凩が渡る風情もまた目に沁みる。斉藤さんは、そんな四季の移ろう自然景の中をよく辿るように歩く。そんな日々の記憶と記録から今度の新作≪こまやま≫は生まれた。
 その筆致は、文人画の「山水」表現を想わせる水平性への指向が柔らかなスケールを生んでいる。それは、かつて池大雅や与謝蕪村ら江戸時代の画家たちが試みたように、静かだが深い息づかいのような筆致によって、自然の或る景色に端を発したイメージが描きながら増殖してゆき、その足取りのようなものが別の大きな「景」となっておぼろげながら立ち上がってくる、そんな風情なのだ。
 斉藤さんのしごとに特徴的なのは、岩絵具そのものの物質感と膠や水による水溶性の特質を生かして、素材に象徴される自然と自己の身体や感情との交感をはかっていることだ。その交感のさなかから斉藤さんは、「内なる自然」を探りあてようとしてきた。膠水に溶いた岩絵具という「日本画」特有の天然の素材を手に、絹の上に物質としての絵具があたかも本来あるべき場所に定着するまで、幾度も筆を重ねているのである。それにしても、わずかな色数と震えるような線だけで「絵」にしてしまうこの人の手並みは大したものだが、「内景」を実景としてリアルな次元まで昇華させるのは並大抵のしごとではない。四季のこの景色の中を耕すように歩いた時間と経験の堆積が、この絵の中には詰まっているのだ。それは、たとえば、その昔の文人画家たちが大切にした「臥遊山水図」のそれにとても親しいものかもしれない。真景図として目に映った景色を描きながら、共に歩いた人やその時感じた事柄や詩や歌を記念として織り込んだ理想図としての山水画なのだ。それを壁に掛けて自然の見事さとともに自らの人生の時間を顧みるよすがとしての絵画――。四季それぞれの丘の重なりを思わせる風景連作は、しかしそこに見えている事を成立させている「見えないもの」をさぐるように引かれた筆の重なりが、どこか遠くにある「懐かしい景色」をあたかも辿るかのように、愛おしく想い出させるからだ。
 さらに穿った見方を許してもらえば、この新作≪こまやま≫連作は、その麓に隠棲した日本画家安田靫彦がかつて編んだ短歌集『高麗山』の中に収めたおおどかで細やかな詠歌にも通じる情感を、私に想い出させる。また、高麗山は、斉藤さんの師系につながる山本丘人が住み、孤高の創作を続けた処でもある。また先年亡くなられた東京藝大の恩師工藤甲人は高麗山の麓を流れる花水川沿いに起居して、日夜この山を目にしていた。そんな画人たちの眼差しと魂を引き寄せた高麗山を描くことは、斉藤さんにとって先達たちへのオマージュも含まれていはしまいか。見慣れた風景のかなたに、過ぎ去った人と時と生とが往還する場を示すような象徴性の高い「山水画」がここに生まれた。
 斉藤さんのしごとは、いま伝統精神と結びつきながら、質高い現代絵画の彼岸にたどり着いたようだ。

(のじ・こういちろう/泉屋博古館分館長)

 

こまやま‐あき

「こまやま―あき」 1200×920 mm

こまやま‐ふゆ

「こまやま―ふゆ」 1260×909 mm

 

作家略歴

1957 神奈川県生まれ
1985 東京藝術大学大学院美術研究科後期博士課程日本画満期退学
1989 山種美術館賞展(優秀賞)
1993 現代絵画の一断面-「日本画」を越えて-/東京都美術館(東京)
1995 文化庁派遣在外研修員(イギリス・ロンドン、’95~’96)
1998
「日本画」:純粋と越境-90年代の視点から/練馬区美術館(東京)
META展/日本橋丸善(東京、~’02)
2002 「日経日本画大賞展」/ニューオータニ美術館(東京、’04、’06、’08)
2003
「絵画の現在」新潟県立万代島美術館開館記念展/同館(新潟)
「現代の日本画-その冒険者たち」/岡崎市美術博物館(愛知)
2004 「超日本画宣言 かつて、それは日本画と呼ばれていた展」/練馬区美術館(東京)
2005 METAⅡ展/神奈川県民ホールギャラリー(神奈川、’07、’10、’11)
2006
現代「日本画」の展望-内と外のあいだで-/和歌山県立近代美術館(和歌山)
個展「近江路」/数寄和大津(滋賀)
2007
「斉藤典彦展 -きもちよくながれる-」/平塚市美術館(神奈川)
「日本画-和紙の魅力を探る」/徳島県立近代美術館(徳島)
2008
タカシマヤ美術賞受賞
「斉藤典彦展」/数寄和(東京)
個展 「古今にあそぶ」/数寄和大津(滋賀)・数寄和(東京)
2009
個展 DILLON GALLERY(New York)
開館25周年記念「芭蕉-新しみは俳諧の花」/柿衞文庫(兵庫)
META X 展/日本橋高島屋美術画廊X(東京、’10、’11)
2011
「ARTIST in 湘南Ⅰ」/平塚市美術館(神奈川)
奇景展/東京国立近代美術館(東京)
2012
「墨と紙が生み出す美の世界」/徳島県立近代美術館(徳島)
「絹に描く 斉藤典彦展」/数寄和大津(滋賀)・数寄和(東京)
「斉藤典彦-山水を憶う-」/日本橋髙島屋(東京)
現在 無所属・東京藝術大学絵画科日本画教授

 

作品収蔵

大原美術館、東京国立近代美術館、東京都現代美術館、新潟県立万代島美術館、
練馬区立美術館、平塚市美術館、広島市立大学芸術資料館、山種美術館

 

展示風景

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